カメラを持つようになってから、僕は「時間の速度」が変わった気がします。
以前の僕にとって一日は、ただタスクに追われて消えていくものでした。仕事や日常の用事に流され、振り返る余裕もなく、気づけば季節が変わっている――そんな感覚だったのです。
写真を通して立ち止まる時間
シャッターを切るようになってから、ほんの小さな光景に立ち止まれるようになりました。
たとえば、カフェの窓辺で揺れるカーテンが作る影。
通学路を歩く子どもたちの笑い声に混じる夕日のきらめき。
コンビニ帰りに見上げた夜空の月。
レンズ越しに覗くと、いつもは見逃していた何気ない瞬間が「愛おしい」と思えるのです。写真は未来に残すためだけではなく、“今ここ”に生きている自分を確かめるための行為でもあります。
不完全な一枚に宿る感情
もちろん、写真は完璧な瞬間ばかりを写すわけではありません。
ピントを外したり、光を逃したり、構図が崩れたりすることもあります。けれど、不完全な一枚にこそ、その瞬間の空気や自分の感情が宿っている。
振り返ったとき、「あの日、自分はこんなふうに感じていたんだ」と思い出せるのは、写真が与えてくれる大切な力です。
写真は“今”を愛するための習慣
結局のところ、写真を撮ることは未来の自分への贈り物なのかもしれません。
けれどもっと根本的には、「いま」をちゃんと感じて、味わって、愛するための習慣なのだと思います。
今日も僕はカメラを手に街を歩きます。
特別な被写体に出会えなくても構わない。
小さな発見に立ち止まり、シャッターを切ること自体が、すでに「生きていることを祝福する行為」なのです。
あなたにとっての“今この瞬間”
そして、あなたにとって“今この瞬間を愛する”瞬間は、どんなときですか?
カメラを持つかどうかは関係ありません。
ちょっと立ち止まり、目の前の光景や匂い、風の感触に意識を向けてみる――それだけでも、日常は少し特別に変わります。